漫画『モブサイコ100』の構成を分析する [A面] 意識と無意識のあいだ

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すごい漫画のすごさを言語化する試み

コロナの自粛中、暇だったので『モブサイコ100』という漫画を読んだ。同じくONE先生の『ワンパンマン』も凄かったが、ややや、別の意味で凄い漫画だった。

まだ読んでない人はこんなブログなんか読んでないでさっさと読みましょう。一気読み推奨だけど、まず試しに読んでみたい場合は小学館の公式アプリ「マンガワン」でタダで読めます。[1]

何が凄いのか。あらすじだけ見れば平凡の域を出るとは言えない。
キャラクターも良いのだがキャラクター設定そのものはそこまで尖っていない。
というか、どんな設定をつけようが「どのような状況で、どういう行動をするか」でしかキャラクターは立ちはしない。 そしてそれを決めるのは構成だ。
日常から非日常へ浮き上がり、また日常へと着地する……物語の構成が、設計が巧いのだ。

私はヲタクだから良く出来た作品を見るとその構成を解き明かさずにはいられない。[2]

・この記事には漫画『モブサイコ100』のネタバレが含まれます。
考察対象に含むもの: 漫画版(本編+おまけ漫画)・マンガワンおまけ漫画・ 裏サンデーおまけ漫画・ファンブック
含まないもの:アニメ・ドラマ版・舞台版・各種インタビュー
・あくまで「私はこう読んだ」であって、作者様の意図を推量するものではありません。

ストーリー概略

さて肝心のストーリーだが、「一見地味な中学生(実は強力な超能力を持っている)である影山茂夫が戦いに巻き込まれたり恋をしたりして人間関係を広げ、自分の感情を出せるようになる」という一見地味なものだ。 Wikipedia を見てもなんだかよくわからないのではないかと思われる。

なお、主人公の影山茂夫、通称「モブ」にはいくつかの側面があって、この記事ではそれらを以下のように呼び分ける。

  • 普段表に出て主人公をしており、感情が100%になると爆発する彼を「モブくん」[3]
  • モブくんの意識がなくなって「???%」と表示されるときの人格を「???%くん」[4]
  • 上記を特に区別しないときを「茂夫くん」

さて、物語の構成を語る上で基本的なフレームワークである三幕構成や「神話の法則」だが、普通に当てはめても上手くいかないだろう。 後半のモブくんは何度も死と再生を繰り返し[5]、もはや「神話の法則」の12段階では足りない。

2つのプロット

しかし、何のことはない。1つの漫画の中にメインプロットとサブプロットの2本が走っているのではないだろうか。
何本にも絡まったプロットの糸を解いていくにはどうしたらいいのか。
ロバート・マッキーの『ストーリー』についての記事を書いたが、そこで出てくる「契機事件」の概念を使う。

契機事件とは、(それなりに好調と不調のバランスの取れていた)主人公の人生を大きく傾ける事件のこと。
そのとき主人公は、今までなら絶対に取らなかった行動を取ってでも、人生のバランスを取り戻そうとする。

だから、契機事件はまず主人公の人生を揺るがし、均衡を取りもどそうという欲求を起こさせる。その思いから──しばしば迅速に、ときにはゆっくりと──主人公は欲求の対象を追いかける。

だが、われわれが最も強く惹かれるのは、契機事件によって、意識的な欲求だけでなく無意識的な欲求も起こす主人公だ。ふたつの欲求が真っ向からぶつかり合うため、主人公は内面で繰りひろげられる激しい闘いに苦悩することになる。意識して何を求めていようと、心の奥底では正反対のものを求めていることを観客は察知する。
ロバート・マッキー 『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』 (フィルムアート社, 2018)。 Kindle版 位置: 3,544

意識的な欲求は変化するが、無意識的な欲求は一貫して物語の最後まで変化がない。

さてどこが契機事件だっただろうか。前半のどこかにあるはずなので探してみた。[6]

  1. 4話、ツボミちゃんという夢を持って、肉改部に入るところ。
  • のちに本人が大きな出来事として振り返っている(92話)からわかりやすい。
  1. 34話、モブくんが初めて自ら加害の意志を持って「爪」に攻め入る決意をするところ。
  • モブくんの「人を傷つけたくない」という意識上の欲求は明らかにストーリー上肯定されているので、それと真逆の選択はオヤッと思うところだ
  • が、「感情が100%に高まると爆発する」「超能力を人に向けない」「意識が落ちると???%になる」までは、全部モブくんの「いつもの」機序である。モブくんの意志で「いつもの」と異なる力の使い方の選択をしたのはここが初めてになる。

1と2は一見異質なものである。
つまりこの話は(ざっくり言って)「モブくんの恋」, 「モブくんの戦い」という2つの話が含まれているわけだ。
もちろんこれらは互いにつながっているが、分析のために一旦切り離して考えよう。

どちらがメインプロットだろうか?私は「モブくんの戦い」がメインで、「モブくんの恋」がサブだと思う。モブくんの恋は結局実らないわけだが、全体としてはハッピーエンドになっているからだ。

とりあえずポイントだけ書いているが、全16巻を三幕構成通り1:2:1の時間配分で切って並べてみるとたぶんこんな図になる。[7]

こうしてみると2つのプロットがバランスよく噛み合っているのがわかる。表拍と裏拍のような関係だ。
三幕構成についての分かりやすい記事をフィルムアート社様が出して下さってたので、見比べると分かりやすいかも。

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三幕構成でいうと生徒会選挙とマラソン大会が概ねピンチ・ポイントにあたる。

「モブくんの戦い」のプロット

モブくんが望まぬ戦いを避けるべきことは前半で明言されているけれど、言われてみればこの話、人と争うことが苦手なモブくんが、(最上編あたりから)戦いを選択できるようになっていく話でもある。
「人を傷つけることを恐れて自分の「力」(≒感情)[8]を抑えていた少年が、戦いを通じ、自分の抑圧された感情と向き合えるようになる」……という筋書きになるだろうか。

「戦い」と題してみたがかなりの部分が論戦ないし口喧嘩である。暴力だけでカタがつくことはめったにない。
個人的には、「言葉」が力強いのがこの作品のいいところだと思う。

ペルソナとシャドウ

ところで前回、神話の法則の話をして、キャラクター・アーキタイプにおけるシャドウはユングの「影」元型に対応しているのではないかという話をした。
https://toramimimemo.hakurintoh.com/the-writers-journey/

以下の話は上の記事内容を前提にする。

個性化過程 (individuation process)
 C.G.ユングの心理学を理解するための概念です。 ユング心理学では、個性化過程とは個々の人間が未分化な無意識を発達させるプロセスをいいます。個性化過程では人格の本来の要素や精神的に未熟な要素、あるいは人生における経験が、時間と通して一つの

ユングのいう個性化過程をたどる人はまず自分の「影」、つまり無意識に抑圧された自分の嫌な半面と向き合い受け入れねばならないわけである。
ちなみに抑圧が強ければ強いほど「影」も強くなる。……これってどこかで聞いた話じゃないですかね? つまり「モブくんの戦い」はわりとだいたいそういう話と考えられる。

影 (Shadow)
 C.G.ユングがあげる元型のうちの一つです。 個人の意識によって生きられなかった半面、その個人が認容しがたい心的内容を意味します。影の内容となるもの 一般に光があたってできる影のように、その人の心の影の部分をさします。一般的な影が物に陰影

逆に社会に適合するために無害に徹してきたモブくんは茂夫くんの「ペルソナ」だともいえる。

ペルソナ (persona)
 ギリシアの古典劇の仮面を意味するペルソナが由来です。 個人の外界とのかかわりにおいて形成する一定の態度を表します。つまり個人は、人間が社会を生きる上で必要な「男らしさ」「女らしさ」「社会人らしさ」といった役割(ペルソナ)を身につけているの

無意識上の欲求と味方側のシャドウ

大きな敵として出てくる最上さんも統一郎さんも物語上シャドウと呼べる存在だが[9]、言わずもがなモブくんにとって最大のシャドウは最後に対峙する???%くんになる[10]
ところで、

  • 主人公の方向性に疑問を投げかけ、
  • 主人公のメンターに反発し、
  • 主人公を主人公のポリシーに反する行為[11]に駆り立て、
  • 主人公の「罪」を想起させる

……というシャドウ的役割を、味方でありながら担っている主要人物がいる。
モブくんの弟、律である。

その在り方が結論として否定されるわけでもなんでもない。彼は基本的に終始モブくんの味方である。

オヤッと思うとこだが、味方側のシャドウというのは成立する。そもそも個人的な「影」というのは必ずしも悪とは限らない。[12]

???%くんは「自分が自分でありたい」という欲求を持っており、それもまたプロットをあちこちで動かしている。???%くんも茂夫くんである以上はやはり主人公だ。
シャドウはシャドウの仲間になったりメンターになったりできるから、主人公自身がシャドウであるときは「味方側のシャドウ」という現象が成り立つ。

味方側のシャドウの物語上の機能

こうした「味方側のシャドウ」の物語上の機能はなんなのか。
思うに、意識的欲求と無意識的欲求が正反対の場合、それらの出し方によってはキャラクターの方向性が分からなくなる。
それで無意識的欲求のトリガー・証拠・代弁者として別のキャラクターを使うことで、「普段はこうだが、このキャラクターに対しては違うんだな」と読者が解釈する余地が生まれ、混乱が防げるのではないだろうか。

例えばモブくんは師匠からもらった「超能力を人に向けるな」というルールを命より大事にしているが、
32話や77話では律や父母のためにこのルールは投げ捨てているし、59話でもこのルールを律に直接押し付けることは避けている[13]
なんだか治外法権みたいな扱いだが、その範囲が限定的であることにより、読者は「ああ、モブくんはそのルールさえ投げ捨てるくらい家族思いなんだな」と違和感なく受け入れることができるのだろう。たぶん。[14]

モブくんの恋……とかいう、つよつよサブプロット

一方の「モブくんの恋」は、モブくんが幼馴染の高嶺ツボミちゃんと恋仲になるのを目的にして体を鍛え始めるところから始まる。
その後モブくんはメザトさんを助けたり、トメちゃんを手伝ったり、とにかく色んな女の子を助けるうちにツボミちゃんに告白する自信をつけていく。

それにしてもサブプロットにしては強すぎである。 主人公の恋なんてふつうは第二幕くらいから始まってもよさそうなものだが、このサブプロットはメインより走り始めるのが早いし、終わるのが遅い。

このようにいくつものプロットを同時に決着させるのが不可能な場合は、最も重要度の低いサブプロットをまず終わらせ、重要度が二番目に低いもの、三番目に低いもの、とつづけて、最後にメインプロットのクライマックスを持ってくる。
ロバート・マッキー 『ストーリー ロバート・マッキーが教える物語の基本と原則』 (フィルムアート社, 2018)。 Kindle版 位置: 5,710

というように、重要なサブプロットほど閉じるのが遅いわけだが、モブくんの恋の決着がつくのは、自分との戦いの決着がつくのとほぼ同時、見ようによってはこちらの方が遅い。

なぜサブプロットがこんなに強いか。
おそらく無意識の存在である???%くんの欲求が強いからである。
???%くんの方がツボミちゃんに(文字通り)一途であるのに対して、
むしろモブくんの方は偽ラブレターに騙されるような浮気者である。
ツボミちゃんだけに向かいたい???%くんと、色んな女の子にモテたいモブくんとの見えない相克が、話を強くしているのだ。

律が「超能力を人に向けるな」の治外法権なら、ツボミちゃんは「モテたい」の特異点であろうか。
彼女はメインヒロインでありながら出番が少ないが、出番がありすぎると茂夫くんの無意識的欲求が表出しすぎて物語はバランスを崩していたかもしれない。

まとめ:表拍も強いが裏拍も強い

つまり、『モブサイコ100』には「モブくんの戦い」「モブくんの恋」の大きなプロットが含まれていて、各々で意識上の欲求と無意識上欲求が動いているため、
1つの平凡なあらすじが2倍×2倍=4倍の密度を持っているわけだ。

表拍と裏拍、主旋律とベースがごちゃごちゃになってはいけないのでバランス感覚を要する。こんなことは容易に真似はできないが、密度の濃いストーリーというのはこういう感じでできているのではないだろうか。参考にしよう。

二面性(本性vs本性)

そもそもこの漫画、キャラクター造形にも特徴がある。

普通、キャラクターに二面性を作るときは、ガワ(表層的な性格や属性)と本性(追い詰められたときの判断)を対立させる。

ところがこの漫画では、2巻までに出てくるガワの時点で既に矛盾を抱えている主要人物ばっかりである。

  • 自信のない「本物の超能力者」
  • Gへの恐怖を素直に口にする「詐欺師」
  • 人の幸福を望む「悪霊」
  • 陰鬱な眼をした「爽やかイケメン」
  • キザでイケメンの「裏番長」 ……

ガワの二面性は、とりもなおさず本性の二面性を意味する。つまりそれぞれのキャラクターについて、意識上の欲求と無意識上の欲求がせめぎあっているわけだ。
ほんとに裏が強い。

なお、『モブサイコ100』はモブくんのプロットだけでなく、彼ら脇キャラのサブプロットからも構成されている。 全員にサブプロットがあるといえばあるが、とりあえず、まるまる一編以上にわたって主人公権を持っていく彼ら……律と霊幻については次回以降分析をしたいと思う。
つづく。

この記事に出てきた本

脚注

  1. 終盤の話数分割がエグいので、50話まで読んで気に入ったら単行本を買うといいと思います[]
  2. あわよくば当代随一の作劇テクニックを頂こうではないか。いざ。[]
  3. 一般名詞のmobと区別するため敬称を付す[]
  4. 状態としてのそれと区別するため敬称を付す。なお、彼はモブくんの無意識にいる存在なのだが、無意識全部ではないだろうと思われる[]
  5. 最上ワールドでの死と再生、「爪」編・神樹編での深い眠りと復帰、100話の事故とそこからの目覚めがそれにあたる[]
  6. シド・フィールド的な三幕構成論からいくと1が「インサイティング・インシデント」、2が「キイ・インシデント」ということになりそうだ[]
  7. 編で色分けしてみたが、センスのなさはお許しいただきたい。[]
  8. 意見を、ではない。モブくんは最初から「言うときは言う」男だ。[]
  9. 彼らは普遍的な「影」を表すのであろう[]
  10. 彼はモブくんの個人的な「影」ということになるだろう[]
  11. この場合は人と争うこと[]
  12. もし人が自分の良いところを抑圧しているなら、良いところが「影」として他人に映ることもよくある話らしい。また、「影」を抑圧していると、代わりに身近な人間が「影」を背負うことになるのもよくあることらしい(河合隼雄 『影の現象学 (講談社学術文庫)』 (講談社, 1987)p.50、55)[]
  13. 律は超能力の危険を文字通り身をもって知っているので今更言ってもしょうがないと言えばそうなんだが……[]
  14. や、それでもなお32話や77話あたりのモブくんはちょっと怖いッス[]
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