「やりたいこと探し」の本は多いが、どうすればいいのか書いている本は少ない
若いころは心に響いた自己啓発書はなんでも読んでいたのだけど、心に響くばかりでアクションに繋がらないので、厳選するようになってきた。
その中でも「やりたいこと」というのは人がずっと探し続けているものの一つだ。
目的をあてどなく探し回っている人生、ただ生き延びるためだけの人生よりも、目的のハッキリした人生の方が充実感があることは間違いない。
というわけで今回は「人生の目的を見つけるためのアクション」にちゃんとつながる本を紹介する。
人生の目的を見つけるにも手順がある
リチャード・ブロディ 『Microsoft Wordを開発した伝説のプログラマーが発見した「やりたいことの見つけ方」がすごい!』 (文響社, 2022)を読んだ(題が長いので以下『やりたいことの見つけ方』と略す)。
内容はWordとあまり関係ないのでタイトルでだいぶ損している本だと思う。[1]
ビル・ゲイツ大絶賛と書いてあるのも納得のメチャクチャ良著。
ひとことで言えば、「自分の人生にとって何よりも大切なことが何なのか」を見つけるための手順書である。
そう、手順書である。すごく実践的なところが良い。
目的を見つけるために妨げになるもの、目を曇らせるものををまず全部片付けてから目的を探すという手順、ここに説得力がある。
手順をざっくりリストにするとこんな感じ。
| やりたいことを見つける手順 | ワークアウト |
|---|---|
| アイデアを行動に移すための自信を持つ | |
| 自分の視座を点検する | |
| 視座を味方につける | |
| 恐怖心を乗り越える | |
| 自分に正直になる | |
| 「やり残し」を片付ける | ある |
| 自分で自分を認められるようになる | |
| 「人生の目的」に対する自分なりの答えを見つける | ある |
| 「人生の目的」を言語化する | ある |
| 「人生の目的」にコミットする |
「やり残し」を片付けるためのワークアウト
「やり残し」が残っていると、自分との約束を破っていることになるので、それがずっと心の中で足を引っ張ることになる。
ノートと2色のペンを使ってそれらを一気にやっつけるためのワークアウトが巻末にある(著者は1週間で片付けたらしい)。
やってみたら、全部は片付かないまでも、何が心にひっかかっているのかわかってスッキリした。
「人生の目的」に対する自分なりの答えを見つけるワークアウト
7つの質問に答えることで、自分の人生の目的に答えを見いだせるようになるワークアウトが用意されている。
こちらの本と一部は重複しているが、よりシンプルな問いかけだと思う。
シンプルとはいっても人生を見つめなおすことになるので結構ヘビィだ。
ワークアウトが後半部に偏っている件
しかしこの本、後半部についてのワークアウトは充実しているのに、
前半部、すなわち視座を自由に使い分ける方法があまり詳しく書かれていない。
そこで、この部分を補充する本を買ってきたからもう1冊紹介していきたい。
自分の持っている視座の点検
視座、つまり人の「ものの見方」というのは、(すこし大変だが)変えることができる。
だったら、自分の目的に適うように視座を変えてしまおうというのが『やりたいことの見つけ方』の論旨だ。
なにが自分の視座なのか
「視座を点検する」とあるが、つまり、変えるためには現在地点の確認が必要ということである。
しかし一体何が自分の視座なのか。
たとえば、何かの本を買おうと思うとき、
- 「本をたくさん読んだ方がいい」が常識だからか?
- 周りと話題を合わせなきゃいけないと思っているからか?
- あなたの職位だと「この本くらい読んでいないと恥ずかしい」からか?
- それとも他の必要に迫られてのことか?
・風習や世間で常識とされているものは、正しいかどうかによらず、君の──君の家族の、君が住む社会の、世界全体の──利益になるかどうかにかかわらず、驚くほどのスピードで拡散する。
リチャード・ブロディ. Microsoft Wordを開発した伝説のプログラマーが発見した「やりたいことの見つけ方」がすごい! (pp.62-63). 文響社. Kindle 版.
・そしてその一部が、君の脳にも入り込んできている。
そのことに、どうか自覚的であってほしいと思うのだ。
むろん、視座なんてたいてい自分の外から来たものだから、我々にできることはそれを「選択すること」くらいだが、自覚が無ければ視座を自由に選びようがない。
それは視座というよりは、見えない幽霊に憑依されているようなものだ。
エコーチェンバーから抜け出せ
エコーチェンバーという現象があるらしい。
ネット上で、自分と似た価値観のコメントやユーザーばかりが表示されるために、自分の価値観が「正解」だと錯覚してしまう現象のことだ。
しかもそれは繰り返されるがゆえに増幅・極論化していく。
上記のことを考えると、もはやそれが「自分の」価値観なのかどうかすら、定かではない。
自分から引きこもっているならまだしも、無自覚にエコーチェンバーに閉じ込められているとしたら、それって怖くない?
ポジションを取ってみれば(逆説的に)自分のポジションが分かる
『自分の意見で生きていこう』では、正解のある問題は調べることで、正解のない問題は考えることで答え(すなわち意見)が出せることを前提にする。では意見とは何か。
そして「自分の意見を言う」とは、「自分のポジションをとること」だともいえます。発言によって「その人がどこに立って発言しているか」が明確になっていれば、それは「意見」だといえるのです。
ちきりん. 自分の意見で生きていこう――「正解のない問題」に答えを出せる4つのステップ (p.62). ダイヤモンド社. Kindle 版.
というわけで、自分の視座を点検したければ、意見を言ってみればいい。ポジションを取ろうとしてみれば自然と自分の視座が分かるだろう[2]。
「憑き物」を祓う方法
その意見が、自分の視座から来たものか、他人の意見に憑かれているだけなのか、どうやって見分けるか?
一つの見分け方が書いてあった[3]。
「これは本当に自分の意見かな? 誰かに影響されていないかな?」と確認したいとき、私はいつも「世の中の9割の人が異なる意見であっても、自分の意見はコレだと断言できるか?」と考えてみています。
ちきりん. 自分の意見で生きていこう――「正解のない問題」に答えを出せる4つのステップ (p.94). ダイヤモンド社. Kindle 版.
また、たまたま著名な人や大手メディアと自分の意見が同じであった場合には、「もしこの著名人が意見を翻しても、自分の意見は変わらないか?」と考えてみます。
それでも自信が持てなければ……?
端的に言えば「考え尽くせ」ということのようだ。
反論を乗り越える
『自分の意見で生きていこう』には、「練習編」として自分の意見を持つ練習としてのワークアウトが用意されている。
ここが表題通り4ステップに分かれているわけだ。
ステップ1:レベルをチェックする
ちきりん. 自分の意見で生きていこう――「正解のない問題」に答えを出せる4つのステップ (p.252). ダイヤモンド社. Kindle 版.
ステップ2:ムリにでも意見を言い切る
ステップ3:自分で自分に突っ込む
ステップ4:言語化する
自分の意見を強くする方法は、(同じ意見を取り入れることではなく)反論に耐えることだ。
それが考えること、ステップ3にあたり、これがエコーチェンバーを抜け出すための鍵である。
しかし、モノによっては反論自体を思いつくのが結構難しい[4]。
たとえば、ワークアウトのひとつに「飛び級制度導入の賛否」があったが(私は賛成派)、
反対派の意見が思いつかなかったし、読んでも「え、それの何が悪いの?」と思ってしまった(まだまだ想像力の修業が足りないのだろう)。
では、そこから抜け出すにはどうすればいいのか。
簡単なことだ。人に聞いてみればいい。
もしくは、実際にそういう人に意見を聞いてみてもいいかもしれません。別に議論をふっかける必要はなく、食事や雑談の際にさらりと「ねえねえ、飛び級制度ってどう思う? 義務教育に導入することになったら賛成? 反対?」と聞いてみればいいのです。そうすれば、自分では思いもつかなかった反論が出てくるかもしれません。
ちきりん 『自分の意見で生きていこう――「正解のない問題」に答えを出せる4つのステップ』 (ダイヤモンド社, 2022)。
自分と違う意見を持っていても付き合ってくれる人は、貴重だから大事にした方がいいぞ。
あとは何をすれば人生の目的を見つけられるのか
というわけでワークアウトはこういう状態になっている。
あとは自己肯定関係の部分を補強できればだいたい完成するので、後で探そう。
| やりたいことを見つける手順 | ワークアウト |
|---|---|
| アイデアを行動に移すための自信を持つ | |
| 自分の視座を点検する | ある |
| 視座を味方につける | |
| 恐怖心を乗り越える | |
| 自分に正直になる | |
| 「やり残し」を片付ける | ある |
| 自分で自分を認められるようになる | |
| 「人生の目的」に対する自分なりの答えを見つける | ある |
| 「人生の目的」を言語化する | ある |
| 「人生の目的」にコミットする |
脚注
- 昔はPHP文庫から『夢をかなえる一番良い方法』という題で出ていたらしい。「夢」というほど最初から形をもったものを追うわけではないので、それはそれでタイトルで損してる気がする……[↩]
- あっちの本の「視座」とこっちの本の「ポジション」は、厳密には違う意味だと思うが、自分の立ち位置を明確にするという目的の上では同じ意味に用いても差し支えあるまい。[↩]
- 権威論証という詭弁を切っているという見方もできる。[↩]
- そしてそういうところに幽霊がいたりする。[↩]


